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先日、百瀬氏から電話を頂いた。
「いや、久島さん・・・。金曜日の試合、負けちゃったよ・・・。ははは。」
団体戦で敗北し、個人戦では初戦で白帯を相手に一本負けをしてしまったそうである。
その前日の木曜日に、一本しかないズボンの尻の部分が、しゃがんだ拍子に裂けてしまい、穿くズボンがなくなっていた事が唯一の悩みだった私である。
百瀬氏の声を聞いて、思わず神妙になるしかなかった。
百瀬氏は明治大学柔道部OBであり、現在柔道六段である。
一般的な柔道愛好家とは違う。
全国高段者大会において、フィリピンの元オリンピック代表選手ジョン・バイロンと二度に渡り引き分けている百瀬氏は、40歳を過ぎた今でも、常にトレーニングを欠かさず鍛錬に励んでいる。
地方の小さな大会で、白帯に一本負けを喫するとは、一体どう理解すればよいのか。
勝負は常に厳しく、時に残酷である。
百瀬氏は話を続けた。
百瀬氏の大学の先輩で、とても強かった人がいたそうである。
高校時代はインターハイでも活躍をされ、素晴しい才能を感じたそうである。
最近、その先輩と会う機会があり、しかし、その雰囲気が以前と大きく違うことに大変驚きを感じたとのことである。
「先輩は、強くなりたい、というコンプレックスがあったから、あそこまで強くなれたのですよね。」
と言う百瀬氏に対し、
「いや、百瀬、違うんだ。俺は『自分が、自分が』という思いが強過ぎたから、あのレベルにしかなれなかったんだ。」
と、その先輩は百瀬氏の問いかけを否定したそうだ。
そして
「俺は、確かにコンプレックスを持って柔道に取組んでいた。自分の身体が小さかったしな。だから相手に勝つ事ばかりを考えていた。自分の周囲にもそういう人間しかいなかったし、自分の考えが間違えているとは、少しも思うこともなかった。」
「しかし、今、自分で商売を始めてみて、よく分かったことがある。商売を始めた当初は儲けを中心に考えて、自分のことばかり考え、そして、周囲に集る人間も、同じような人間ばかりであった。それゆえ、自分の事業が失敗すれば、すぐに人は離れ、何も残らない。そこで俺は、考えを変えた。相手を思いやることを常に念頭におき、自分のことばかりを考えることはやめた。」
「するとどうだろう、今まで自分の周囲にいて、自分のことばかりしか考えていない人間が消え、新しく俺と同じような考えを持つ人が集ってきた。そして、今の仕事は、その人達が協力してくれるおかげで上手くいっている。」
「百瀬よ、今になって思うのだが、こういう気持ちで柔道に取組んでいたら、俺はもっと上のレベルに行けたであろうと確信している。『自分が、自分が』という気持ちだけだったから、俺はあのレベルで終わってしまったんだよ。」
と、強い口調で百瀬氏に一気に語ったそうである。
電話口で百瀬氏は
「久島さんね、俺、この先輩の話を聞いて、『確かに!』と思ったんだよ。今回の試合については、試合の流れにせよ、試合に取組む心持ちにせよ、今思うと「自分が、自分が」という部分が強くなっていたと思う。だからイチからやり直しだよ。」
とまるで自分に言い聞かせるように話をしていた。
私は百瀬氏から「自分が、自分が」という思考を感じたことは一度もない。むしろ、本当に思いやりが深く、誰からも好かれる人柄であると思っている。
そして、たまたま偶然そんな時に、百瀬氏の十数年前の教え子の方から、私宛にメールが届いた。夜明けの合気道で十数年ぶりにかつての担任である百瀬先生の姿を見て、思わず私に連絡をくれたそうである。
女性の方であったが、弟さんやお母さんも百瀬先生の大ファンだったそうだ。
そんな人でも「俺が、俺が」になる事もあるのだろうか。
自分自身も厳しく自らを省みるよう、考えさせらる電話を頂いてとても感謝の気持ちで一杯である。
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