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どうして指導をするのか
守ってあげたい人がいるからです。

真面目に精一杯生きている人がいます。広い日本、まだお会いした事はありませんが、お会いしたら人間として敬意と好意を持てる人が多くいらっしゃると思います。
おそらく、このホームページをご覧下さっている皆様もその中に含まれるでしょう。

私は、そういう人を犯罪者や悪意ある人間から守りたいと願っています。
(もちろん、私が出る幕はない、という方も多くいらっしゃるでしょう)
しかし、現実問題として、私一人では守りきれません。

だから、身の守り方を伝えたいのです。
そして千葉道場が考える養神館合気道は、単なる身の守り方ではなく、生活全般を豊かにするものです。

私が守りたいと思う人が直接それを学ばなくても、多くの人にそれが伝わっていけば、いずれ私が守りたいと思う人を守る人が育つと信じます。
同時に、養神館合気道の素晴らしさは生活を豊かにしてくれます。
世の中が良くなり、皆が幸せになる方向に向かう、夢がありますね。
だから指導をしています。
感謝の気持ち
上記事柄から、私は千葉道場に学びにいらっしゃる人に、感謝をしています。
世の中を良くする仲間が来てくれた、と。
それは私の勝手な希望に過ぎません。だから、私の気持ちの押し付けをする気はありません。
ご自身のテーマで合気道に取組まれることが、まずは大切なことです。

数ある武道や格闘技から、縁あって養神館合気道を千葉道場で学んでくれる、ということに私は感謝します。
道場に来る人の気持ち
道場にいらっしゃる人の気持ちを、常に考える必要があります。
特に初めて道場にいらっしゃる方、入会して月日が浅い方は、「道場に行く」と考えただけで疲れてしまう方も少なくなかろうと考えています。

特に、このホームページをご覧になられる方は、学ぶ人が何かを求められている、と思われる方が多いようです。
心配は無用です。学びにいらっしゃる皆さんが、合気道や道場に何かを求めにいらっしゃるのです。私は、そのお手伝いをするだけです。

感謝の気持ちと重なりますが、自宅や職場、学校から道場に来て、ご自宅に帰るまでに、いろいろな危険があるわけです。
「遠いところ、よく来てくれました。」「気をつけて帰って下さい。」と、こういう気持ちを会員さんには持っています。

一生懸命に通ってくれる会員さんの気持ちを、一日一日忘れないようにしています。
最初は楽しく
合気道を学ぶ上で、やはり最初は「楽しさ」が大切だと考えています。

それは、合気道の初心者を赤ちゃんと例えるならば、赤ちゃんが自分の親(合気道や先生)は優しくて頼りになる人、と思うことに等しいのです。

合気道は楽しいと、きちんと認識出来ないうちに、武道の厳しさなどを考えてしまうと、合気道を続けることは難しくなってしまうでしょう。

基本は「楽しさ」です。しかし、合気道が楽しいと分かったら、次に難しさを知って、厳しさを知ります。
それを少しずつ乗り越えていくことが成長だと思います。
乗り越えていけば、また新たに合気道の楽しさ、魅力を発見出来ることでしょう。

「自分は今、武道を学んでいるんだ!」という実感が喜びになる、
「自分は、武道を学んできた」という事実が人生の誇りになる、
ということを生きる力として欲しいと願っています。
縁の下の力持ち
千葉道場は、指導者のための団体であってはいけません。

私は千葉道場の全ての責任を負う立場です。
しかし千葉道場は、私のための団体であってはいけません。
道場生ひとりひとりためのものです。

私は指導という事では先頭に立って皆を引っ張りますが、責任者という立場では後ろから皆を押して、同時に白帯の人や初心者の方がどういう状態かを確認します。

団体は、人が集まって成り立ちます。
人はそれぞれ歴史を持ち苦難を乗り越え今に至ります。
そういった方達を踏み台にして、一部の人間だけが特権階級になるようではいけません。
それが団体というのならば、そういう既存の概念は、私には馴染めないものです。

私は千葉道場の責任は負いますが、お山の大将には死んでもなりたくありません。
稽古が終われば、使い走りに徹します。
言い辛い事を言う
道場は、いろいろな人が集まります。
お互いが守らなければいけないマナーもあります。
たまに甘えて勝手をする人がいないとも限りません。
一人の人間の勝手を見過ごせば、道場全体にそれが広がります。

注意をするのは私の仕事です。
だけど、注意をする前に、事前に全体に注意を促しているかどうかが問題です。
先に注意を促しておけば、ほぼ問題は起こりません。

誰もが、前向きに稽古に取組もうとしているのですから、その前向きな気持ちが、より正しい方向に向くようにするのが、指導者の責任です。
だから、指導者は常に言いづらいことも言えないといけません。
指導者は、道場の雰囲気を良くするために、敢えて嫌われ役になる覚悟を持たなければいけません。
なるべく、事前に全体に注意を促すことが指導者の役割です。
自分自身が自己満足、自己陶酔に陥らないこと
当たり前、といえば、当たり前なのですが。
結果として
道場の理念なども含めて、いろいろと書いています。
会員の皆様を、束縛したり、萎縮させたり、押さえつけたりするのではなく、逆に伸び伸びと楽しく稽古に取組んで頂きたい、というのが根底にあるからですが、伝わったでしょうか。
いきなり全部、最初から理解して、それを実行しなさい、という意味ではありません。
道場は、こういう考えで運営されていますよ、という説明です。

道場は、皆様にとって、もう一つの家であって欲しいと考えています。
辛い時、苦しい時、ここに来れば優しさがある、温かさがある、そういう場所でありたいと考えています。
体調が悪くても、道場に来て皆の稽古を見ていれば元気になれる、そういうのが理想です。

家は土台がしっかりしていなければいけません。
つまり「理念」とは、道場を作る土台のようなものです。だから、しっかりとしていなければいけないのです。
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